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vendredi 22 août 2008

七番目の空

 フランスの映画監督でまあまあ面白いひとにブノワ・ジャコというひとがいます。このひとのテーマは「女の謎」なのだそうで、ちょっと疲れます。それでも女に過剰な思い入れをするロマンチックな男から見た「女の謎」ではなく、視点はかなり皮肉なので、落ち着いて見られます。
 いちばん面白かったのは、サンドリーヌ・キベルランとヴァンサン・ランドンが出ていた Le Septième Ciel という十年ばかり前の映画です。「七番目の空」ですか。こんな話、だれが喜ぶの?というような変な話でした。ヴァンサン・ランドン演じる外科医の奥さん(サンドリーヌ・キベルラン)は地位も財産もあるお医者さんの妻、母として幸福に暮らしているようですが、実は万引き奥さんです。突然ヒステリーみたいな発作を起こしてばたんと倒れたりします。実はこのひとは不感症なのです。しかし彼女はいかにも怪しげな自称医師の催眠術師(フランソワ・ベルレアン)に出会います。それでこの催眠術の怪しい治療を受けているうちに、あら不思議、不感症も盗癖も治ってしまいます。それ以来夫はベッドで戸惑いを感じるようになり、それまでは自信たっぷりのエリート外科医だったのに、だんだん自信喪失してしまう、というおかしなお話でした。特に話の落ちはありません。彼はわけもなく自信がなくなるだけで、別にどん底に落ちるとか破滅するとかいうことはないのだけれども、それでもこの映画の後半はこの男の緩やかな「墜落」に捧げられています。私はこういう意地悪な映画は結構好きです。
 さてこの映画の題名はどういう意味でしょうか。Je suis au ciel という言い回しが、既に「天にも昇る心地」を意味しています。Je suis au septième ciel も意味は同様です。「うっとりしている」ということです。
 古代の宇宙生成論では、地球が宇宙の中心で、同心円状の圏が地球を取り巻いていると考えられていました。この言い回しを説明するときには、七番目がいちばん外側だと一般には考えられて説明されますが、実際には十一まであるという説もありました。この数字のなかで特に三と七が象徴的な価値をもつことになりました。そこで être au troisième ciel と être au septième ciel の両方の表現があったのですが、後者だけが生き残りました。
 実際には地球を取り巻く圏は十一まであるという説もあったという面倒なことを云わない別の説明では、七つの圏が存在して、三番目の圏は愛の女神ウェヌス(ヴィーナス)の圏にあたり、七番目は神々の圏の手前の星々の圏ということになります。七番目の方が残ったのは、神様に近いからということになるでしょう。
 この説をとるLINTERNAUTE というサイトの百科事典のこの言い回しの説明には、むかしは「三番目の空」という云い方もあったが、三番目はウェヌスの圏にあたったということをそれ以上の説明はせずに書いてあります。フランス人であれば「なるほど」と思って読みますが、日本人からすると、どうして「うっとりしている」と同じ意味の言い回しが愛の女神にちなんだものだったのかよくわからないのではないでしょうか。この être au septième ciel という表現は、普通に「天にも昇る心地」の意味でも用いられますが、オルガスムに達するという意味でも用いられます。日本ではヴィーナスといえば、ボッティチェリの絵を思い浮かべたりと妙にハイソになってしまうが、フランスではこの女神は性的快楽の神様でもありました。
 Etre au septième ciel は、無邪気なひと、まじめなひとは普通の意味で使い、屈折したエッチなひとはくすくす笑ってしまうようなそんな表現のひとつです。ブノワ・ジャコの映画の題名の場合は、当然性的なものを含意しています。
 こんな変な映画の撮影をきっかけにしてサンドリーヌ・キベルランとヴァンサン・ランドンは結婚したというのだから世のなかわからないものです。ちなみに Kiberlain という苗字は明らかにブルトン(ブルターニュ)系です。

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